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どこまでが自然?

 

 

  

           

 (去年移植した花桃が、はじめて開き始めた)

 

 

 

ソラマメの網をはずしたら、中にはびっしりアブラムシがついていた

アブラムシを除けるために張ったはずの網が、どうやらアブラムシを閉じ込める役を果たしていたらしい。去年植えつけのときにすでに卵なり幼虫がついていて、暖かい葉陰などで冬越ししていたのだ。 あまりの多さにすぐにうちにとって返し、木酢液と豆乳をミックスした液をスプレーした。 

 

おかげでアブラムシは半減したが、これから暖かくなってくると、こうした虫害や病気にますます悩まされるだろう。 
消毒や殺菌をしないというのは本当に大変だ。土のコンディション、作物の健康さ、天候、環境、肥料、季節など、様々な要素が野菜の病気や食害となって現れる。
 

 

それについての専門書も多くあるけれど、ぼくのやり方はその場その場の試行錯誤だった。 

ここで殺虫剤を使っていればなぁ、と思うことも正直言ってある。去年は何種類かの野菜が虫や病気で全滅した。毎日手で取ったり、網をかけたり、上に書いたような自然成分のスプレーをしたり、コンパニオンプランツを試したり、様々な手段を講じたが、それでもダメなときはダメ。 


どこまで安全でおいしい野菜ができるかということが目標なので、無農薬・無化学肥料というガイドラインは守ってきたが、そうすればハイ出来ましたというほど、ことは単純ではない。 きっと何年も実践して土がこなれてくれば、状況はよくなるのだろう。気長気長に取り組むしかない。 

 

どこまでが自然なのかは、有機農や自然農を目指す人がよく引っかかる問題だ。これについては、人間が改良した植物を手を加えた土地で育てるわけだから、農業そのものがスタートからすでに不自然だと思えば気が楽だ。自然農という言葉そのものが矛盾だろうし、人間は自然かどうかという問いに似て、どこまで自然かといわれても答えることができない。それでも、明らかに危険な薬剤や石油から作った養分、著しく加工された種子などは使いたくないものだ。

 
だから、その場その場でここまではどうだろう? これは無くてもいいんじゃないか? などと考えながら試してみるしかないと思う。
 

 

これまで一年の短期間ではあるが、自分なりの基準ができつつある。 
 (ちょっと、聞きなれない言葉もあるかもしれません)
 

・種はなるべく地方で取れた在来種か、自家採種したもの。(去年から種取りを始めた
・土作りは、なるべく不耕起で周辺の草などの有機物を多く畑に敷きこむ。堆肥は落ち葉や糠などを使ってまわりの材料を自然発酵させたものを使う。
 
・この地方の昔からの習慣や、月や星のめぐりを参考に、作業の段取りを決める。
 
・なるべく雑居させる(コンパニオンプランツ=植物どうしの取り合わせを使う

・人と一緒に楽しく作業し、分かち合って食べる。
 
・急がない。
 

 

この「急がない」ということが、ついつい前のめりになってしまうぼくには大切だな、と今日思いました。 
急ぐことが、化学肥料・農薬を使い、効率追求の大量生産農業を生み出すもとになったのだから。
 

 

                                                           2010.03.19 島田記